●「定額残業代の繰越制度」とは、毎月一定額支払われる定額残業代について、その月の実際の残業時間が定額残業代に相当する時間より少なかった場合に、その不足する分の残業代が、翌月以降に「繰り越された」ことになるという制度です。
●たとえば、定額残業代が1月5万円だとした場合、今月の実際の残業が2万円分しかなかったとしたら、定額残業代としては5万円全額が支払われるのですが、不足分3万円については次の月に「繰り越され」た扱いになります。
●そして、次の月が仕事が忙しく、たとえば8万円分の残業をしたとしたら、前月の「繰越分」3万円が今月分の残業代に充てられたことになるため、実際は5万円を超える定額残業代は支払われない、ということになるのです。
●この「定額残業代の繰越制度」は、閑散期に定額残業代の「繰越分」を溜めておき、これを繁忙期の残業代支払いに充てることができるため、定額残業代の「無駄払い」がなくなります。その意味では、会社にとっては、人件費を無駄なく使える、コストパフォーマンスの良いありがたい制度といえそうです。
●しかしながら、会社にとってありがたい制度が常に労働者にとってもいい制度だとは限りません。むしろ正反対の場合も多いといえます。「定額残業代の繰越制度」はまさにそのような制度の典型といえるでしょう。
●この制度では、定額残業代の「繰越」分が際限なく累積していきます。このため、仕事に繁閑のある会社では、閑散期に溜まりに溜まった定額残業代の「繰越分」が繁忙期の残業代に充当され、働いても働いても定額以上の残業代が支払われなくなるという、労働者にとってはとても恐ろしい制度なのです。
●通常は、会社は、労働者に時間外労働をさせると残業代として割増の賃金を払わなければいけなくなるため、できるだけ時間外労働を抑えようというインセンティブが働きます。残業代というのは本来であれば、時間外労働を抑制することにより労働者の生命・健康を守るための制度なのです。
●しかし、「定額残業代の繰越制度」は、定額残業代の「繰越分」が溜まったら、むしろこれを使い切るために労働者に時間外労働をたくさんさせないと会社が損をするという、逆のインセンティブを会社に与えます。その意味で、まさに悪魔のような制度といえるでしょう。
●実際、この裁判の当事者の方は、1か月100時間を超える時間外労働を3か月も連続して行ったにもかかわらず、累積した定額残業代の「繰越分」が充当されるため、定額残業代を超える残業代が全く支払われないという状態が続き、最終的にはうつ病を発症してしまいました。
●このような「定額残業代の繰越制度」は、「賃金との相殺禁止」ほか、労働基準法上の様々な制度趣旨に反しており、違法無効な制度だと当弁護団は考え、裁判でもそのように強く主張しました。
●その結果、会社側は裁判係属中に「定額残業代の繰越制度」を自ら撤廃し、さらに和解条項においては将来もこの制度を導入しないことを約束しました。
●当弁護団としては勝利的和解と評価しており、この会社については、このような制度が再び導入されることはないと思います。
●しかし、この会社以外で同様の制度を導入している会社があるかもしれません。もしそのような制度が導入されていた場合、それは違法な制度である可能性が高いので、当弁護団にご相談ください。
平成27年5月25日に解決した通称「ふく亭」事件についてです。
弁護団声明
ブラック企業被害対策弁護団北海道ブロック
1 本日,株式会社ふく亭を被告とする未払賃金等請求事件(平成26年5月22日提訴,平成26年(ワ)第1035号)について,概要次のとおりの条件で和解が成立した。
⑴ 被告は,原告に対し,未払時間外賃金を支払う義務があることを認め,速やかにこれを支払う。
なお,時間外賃金の計算に際しては,給与明細に記載された①職務基準給,②時間外手当,③深夜割増の全合計金額が基礎賃金にあたることを前提として算定を行う。
⑵ 被告は,今後,被告の全従業員について,タイムカードまたはこれに準ずる方法により労働時間管理を正確に行うことと,労務管理を徹底することを約束する。
⑶ 被告は,今後,被告の全従業員について,1か月あたり45時間を超える時間外労働を解消するように努めることを約束する。
2 本件においては,原告の給与について,①職務基準給のほかに,②時間外手当,③深夜割増といった費目が設けられており,被告はこれらが労働基準法上の時間外手当(残業代)に相当すると主張していたものである。
この点,上記和解案は,名目上②時間外手当または③深夜割増とされている部分についても,これを全額基礎賃金に算入したうえで時間外手当を算定したものであって,原告の正当な権利を実現したものとして,当弁護団として高く評価するものである。
3 また,本件においては,被告の賃金体系が,時間外労働が1か月80時間以上ともなる長時間労働を前提とする賃金体系であったことが明らかとなっている。
この点,上記和解案は、被告会社において、従業員らの健康を守るための労働時間管理及び労務管理を徹底し、また上記のような長時間労働を解消するように努めることを約束したものである。
4 さらに、被告会社は,当弁護団に対して、
一 被告は今後,固定払賃金制度の内容の見直しを検討し,併せて基本給 + 残業代金 + 深夜労働の基本的な賃金体系の設定についても前向きに検討したく考えます。又,月間の休日日数を増加し,各店舗従業員の人員の増加にも努力する所存です。そして,職場環境の整備にも努めます。
二 被告は,今後,従業員について法律に基づいた時間外労働を行わせることに努め,時間外労働を実施させるに当たっては,労働基準監督署からの指導を受けることと致します。
との旨の意思表明を行った。
5 当弁護団は,被告会社の職場が従業員の健康に配慮した労働環境となることを強く願うものであるから,被告会社が、このように労務管理の適正化について積極的な姿勢を示したことについては、率直にこれを歓迎し、評価する。
本和解を契機として、被告会社が適正な労務管理を行う企業へと生まれ変わることを、当弁護団としても大いに期待するものである。
当弁護団は,上記の和解条項及び被告の意思表明によって示されたような労働環境が、被告会社において実現されることについて、大きな期待と関心をもって、今後も注視を続ける所存である。
以上