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SOC事件の解決を受けて

●当弁護団で取り組んでいた「定額残業代の繰越制度」を導入している企業との裁判において、昨年12月26日、同制度を撤廃させ、今後も同制度を導入させないという内容の和解が成立しましたので、お知らせします。

 

●「定額残業代の繰越制度」とは、毎月一定額支払われる定額残業代について、その月の実際の残業時間が定額残業代に相当する時間より少なかった場合に、その不足する分の残業代が、翌月以降に「繰り越された」ことになるという制度です。

 

●たとえば、定額残業代が1月5万円だとした場合、今月の実際の残業が2万円分しかなかったとしたら、定額残業代としては5万円全額が支払われるのですが、不足分3万円については次の月に「繰り越され」た扱いになります。

 

●そして、次の月が仕事が忙しく、たとえば8万円分の残業をしたとしたら、前月の「繰越分」3万円が今月分の残業代に充てられたことになるため、実際は5万円を超える定額残業代は支払われない、ということになるのです。

 

●この「定額残業代の繰越制度」は、閑散期に定額残業代の「繰越分」を溜めておき、これを繁忙期の残業代支払いに充てることができるため、定額残業代の「無駄払い」がなくなります。その意味では、会社にとっては、人件費を無駄なく使える、コストパフォーマンスの良いありがたい制度といえそうです。

 

●しかしながら、会社にとってありがたい制度が常に労働者にとってもいい制度だとは限りません。むしろ正反対の場合も多いといえます。「定額残業代の繰越制度」はまさにそのような制度の典型といえるでしょう。

 

●この制度では、定額残業代の「繰越」分が際限なく累積していきます。このため、仕事に繁閑のある会社では、閑散期に溜まりに溜まった定額残業代の「繰越分」が繁忙期の残業代に充当され、働いても働いても定額以上の残業代が支払われなくなるという、労働者にとってはとても恐ろしい制度なのです。

 

●通常は、会社は、労働者に時間外労働をさせると残業代として割増の賃金を払わなければいけなくなるため、できるだけ時間外労働を抑えようというインセンティブが働きます。残業代というのは本来であれば、時間外労働を抑制することにより労働者の生命・健康を守るための制度なのです。

 

●しかし、「定額残業代の繰越制度」は、定額残業代の「繰越分」が溜まったら、むしろこれを使い切るために労働者に時間外労働をたくさんさせないと会社が損をするという、逆のインセンティブを会社に与えます。その意味で、まさに悪魔のような制度といえるでしょう。

 

●実際、この裁判の当事者の方は、1か月100時間を超える時間外労働を3か月も連続して行ったにもかかわらず、累積した定額残業代の「繰越分」が充当されるため、定額残業代を超える残業代が全く支払われないという状態が続き、最終的にはうつ病を発症してしまいました。

 

●このような「定額残業代の繰越制度」は、「賃金との相殺禁止」ほか、労働基準法上の様々な制度趣旨に反しており、違法無効な制度だと当弁護団は考え、裁判でもそのように強く主張しました。

 

●その結果、会社側は裁判係属中に「定額残業代の繰越制度」を自ら撤廃し、さらに和解条項においては将来もこの制度を導入しないことを約束しました。

当弁護団としては勝利的和解と評価しており、この会社については、このような制度が再び導入されることはないと思います。

 

●しかし、この会社以外で同様の制度を導入している会社があるかもしれません。もしそのような制度が導入されていた場合、それは違法な制度である可能性が高いので、当弁護団にご相談ください。